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 田岡俊次 「有事法制の問題点について」  第1回学習会

田岡俊次(朝日新聞編集委員)
(タイトルをクリックするとその項目にジャンプします)
 ・防衛問題へのスタンス
 ・有事法制の根幹は整備済み
 ・土台は冷戦下の本土決戦
 ・弱体化するロシア・北朝鮮・中国
 ・テロ・不審船対策は警察マター
 ・内容が決まっていない法案
 ・戦争の勘が悪い小市民的発想



防衛問題へのスタンス

 長年、軍事問題の記者をしているので、防衛には関心があります。新しい憲法には防衛を限定的に入れるべきだと思います。自衛隊は日本の防衛、国連の平和維持活動のみを行い、海外邦人の救助などは行わない。外国の領域で戦争をせず、志願者で構成すべきだと考えます。


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有事法制の根幹は整備済み

 今回のテーマである有事法案については、ずいぶん出来の悪い法案です。小泉首相は有事法制がなかったと言っていますが、防衛庁はそうは言っていません。1978年の防衛庁の見解では、現行の自衛隊法で法制度の根幹は整備されているが、なお不備がないか整理をすると述べており、すでに根幹は決まっているとしています。というのも、現在も自衛隊法があり、有事になれば内閣総理大臣が出動命令ができます。命令を受けた自衛隊は、自衛隊法88条により防衛のための武力行使がでします。しかし、細かいところをどうするかという点で、自衛隊がおかしなことを言い出した。戦車が赤信号で止まらないと道交法違反になるという細かいことを騒ぎ出しています。それならば研究してみようかということになり、それがいまだに残っているということです。


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土台は冷戦下での本土決戦

 研究を始めた当時は冷戦下でした。当時は極東にソ連の戦力を引きつけておくというアメリカの戦略があり、日本でもソ連との本土決戦の準備が必要だと自衛隊が考え始めました。そこで、戦死者の埋葬や国立公園に陣地を作るときにも行政の許可がいるといった細かい問題が出てきて、いまごろそれをやろうとしています。一つは自衛隊法改正案、もう一つは武力攻撃事態に関する法案、そして三つめは安全保障会議設置法改正案で、メインははじめの二つです。自衛隊法は主として20の法律の適用除外がありまして、中には運転免許証の期間延長など、くだらないものもあります。いかにも小役人的発想です。


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弱体化するロシア・北朝鮮・中国

 このように、北海道での本土決戦の研究から出てきた法改正が突然出てきたわけですから、現状に合いません。現在極東のロシア軍はほとんどいません。ロシア陸軍はウラル山脈の東側6000キロを7万4000人、陸上自衛隊の半分の人数で守っています。弾薬庫の警備すらままならない状態です。海軍は、日本の53隻に対して2、3隻しか動けません。空軍は飛行訓練時間が平均して年間20時間しかなく、まったくのペーパーパイロットです。海軍、空軍は存在しないに等しいです。日本人は、200年続いたロシア人の南下からという強迫観念から脱却したことになります。

 北朝鮮や中国の脅威もおかしな話です。ロシアは北朝鮮に石油を売らなくなり、韓国との貿易ではロシア製の兵器で支払いをする状況です。ロシアは資本主義国となり、韓国側につきました。中国も韓国との貿易関係ですさまじい伸びを示し、韓国の味方になっています。ただ、北朝鮮が崩壊して難民が入って来ると困るので、生かさず殺さずの最低限の援助をしています。とても北朝鮮が討って出る力はなく、韓国も北朝鮮が攻めてきたらソウルの北で食い止めて、そのまま北進して統一するという作戦になっています。

 韓国が一番恐れているのは、北朝鮮の崩壊で経済が破綻することです。ドイツの統一の場合は、西は世界最大の債権国で、東は現在の韓国並みの経済力があり、西と東の人口比は4:1、4人で1人を養うという計算でした。それに対して、人口が2:1、北には経済力がまったくない、韓国には貯金がないという状況で統一をすると南北共倒れとなり、韓国人にとっては悪夢です。北が崩壊したら統一を行わざるを得ず、潰れてしまうでしょう。だから金大統領は日米に北への援助を訴えています。日本にとって北朝鮮はまったく脅威になりません。

 中国は軍事力がこの10年で激減しています。航空機は半減しました。台湾のこの5年の武器移入量は中国の4.2倍で、差は開く一方です。台湾では中国が攻めてくることはありえないと言われています。日本で中国が脅威になるという話が出ているはバカげています。
 ロシアもいない、北朝鮮は潰れかけている、台湾の方が中国より強いという状況で、有事法制には緊急性がどこにあるというのでしょうか。


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テロ・不審船対策は警察マター

 テロ・不審船対策とも言われていますが、これは2年先に考えましょうとあとで無理やり入れたもので、本来は警察マターです。軍隊はまとまった敵にたいして火力、兵力を集中するのが真骨頂で、テロ対策は善良な市民の中にまぎれている者を探すわけで、警察の仕事になります。不審船も海上保安庁の仕事です。どちらも助けを求められた場合には現行の自衛隊法で規定されています。なので、この問題は有事法制とは本来関係がありません。また、今回の法案では陣地の作って迎え撃つことばかり書かれていますが、これはもともとソ連軍に対抗するものであって、テロ対策に陣地など作りません。

 政府は自衛隊の発動の基準が不明確であることを問題としています。武力攻撃の「おそれ」があるときは自衛隊への防衛出動命令、攻撃が「予測」されるときは出動待機命令が出されると現在の自衛隊法にもありますが、何が「おそれ」で何が「予測」なのかは議論されてきませんでした。もともと自衛隊に対する命令の問題で、政府が国民に関係のないこととして関心を持たなかったからです。ところが国民に対しても、私権の制限、物資の収容、従事命令、保管命令などが出てくるという話が突然出てきて、政府は大慌てで支離滅裂な答えを出してきました。

 このように自衛隊法改正案は1970年代の話なのでまったくの時代遅れなのです。


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内容が決まっていない法案

 もうひとつの武力攻撃事態法も内容がまったくありません。「○○を2年以内に決めます」というだけで、立法府をしばっているだけです。これが非常に問題であって、見出しだけで内容がなく、抽象的な議論しかできず、法案の呈をなしていません。これを通すと議会を失ったようなものです。一般国民に広く影響する法案を中身がないまま審議するのは問題です。


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戦争への勘が悪い小市民的発想

 具体的に決まっているのは自衛隊法の方でして、従事命令や保管命令が定められており、当初は国際基準に照らして罰則も想定されていました。しかし、自衛隊員に対しては敵前逃亡でも最大で懲役7年で、国際基準に比べて非常に甘い。だから従事命令への罰則規定はなくなりました。しかし命令はできます。物資の保管命令については、末端の部隊の長官が勝手に徴用できるとしようとしていることが大きな問題です。

 また、防衛出動や危険な事態へ当たる場合には特別手当てを出す、敵兵は埋葬しないなど、戦争への勘が悪く小市民的発想です。今回の有事法制は、今まで陽の当たらなかった自衛隊の恨みつらみで作ったような法案で、まったく意味がありません。

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