〔聞き手〕五十嵐敬喜(法政大学教授)

公共事業を改革するときの問題点をどうするか

五十嵐
 公共事業を改革する際に生まれる問題についてどう考えるか。長野での田中知事の問題提起や小泉内閣の道路公団民営化案など、大きな論点になっているが、事業を中止する際に起こる様々な抵抗をどう乗り越えるのか。例えば道路では、一つは工事が出来ている区間とそうでない区間がまばらである。さらには道路を前提とした区画整備や再開発など街づくりのプランが決められている。それでも中断して道路公団民営化のような案を考えるのか。あるいは出来ているものについてはやむを得ないとするのか。もし中断なら様々な抵抗に具体的にどう対応するのか。

 田中知事の再選は政治家に問われているものを感じた。予算がついたものをいらないと言える知事はなかなかいない。経済のプラスになるからいいじゃないかという知事が多い中、それでもいらないと言えるところにすさまじさがある。そういう事業の抵抗をどう越えるか。大きく言えば、日本の国の形を変える。具体的には、国がやるべき仕事は外交防衛、あるいは福祉や都市計画の基準作りだけにして、道路、ダム、福祉といった自主的な事業は、それぞれの県や市が決める。そうすれば自分たちが決めるからそういう(国からの予算の扱いをめぐる)抵抗を越える。当面の問題では、党の方針としては諫早湾干拓、川辺川ダムなど4事業の中止を公約しており、政権を取ったら閣議や担当大臣によって中止を決める。地元の意見もあるだろうが、公約した以上は党の方針として決めていく。

野田 道路公団民営化の話に則して言えば、高速道路9342kmの整備計画のうち、未完成の2342kmは採算の合わない道路なのは間違いない。いままでもかなり厳しい経営でやってきたのに、これ以上突き進む愚というものを国民世論に訴えることが必要である。東名は黒字路線だが、平行して第二東名を造ると、両方の経営が苦しくなる。進捗している道路はどうするか。着工が始まっているものや準備されているものもあるが、それに突き進むことによって、日本全体がどれだけ大きな負担を背負い込むのか。地域のみなさんに伝えなければならないし、そのことを選挙の争点として明示をして、判断したことに理解をしてもらう。正面突破しかないと思う。

横路 計画段階から住民が参加することが大切。北海道知事時代には、小樽運河を埋め立てて道路にするという問題があった。地域からは賛成派と運河を残す側で議論が分かれたが、全面的に残すときに何が問題だったかと言うと、すでに(道路化の)事業に着手しており、(中止なら)市がもらった国の補助金を返さないといけなかったが、それには市も議会も反対だった。なので、途中で妥協して運河をある程度残す一方で、道路も少し造った。その後、忠類川での台風による流木で鮭の定置網がガタガタになったので、漁協からそれを防いで欲しいと言う話があった。そこでダムを造るということで基礎を造ったが、今度はきれいな水が必要だということでダムはやめてくれという話になった。要請した側がやめてくれということだったので、補助金は返さなくてよかった。問題としては、事業を始める前に地域の人の声をよく聞いて、住民が参加するシステムがあればいいのではないか。東名のような場合は県を越えるので、合意を得るのはかなり難しいが、時間をかけてやらなければいけない。決定したあとで時間をかけるよりは、事前に時間をかけた方がいい。

鳩山 答えは地域主権と住民参加だと思います。長野の知事選を見ても、我々が決断をできなかったことは、民主党の体質そのものが問われたことになった。それは中央と地方の意見が合わなかったということだ。地域主権の民主党だから地域を大事にしろと言われれば言われるほど、地域の声に合わせなくてはいけないという矛盾が生じる。だが、現実を見ると、地域の声の方が既得権の甘えにさらされている。首長などは、公共事業の継続に軍配を挙げる側についている。彼らの考え方を変えさせるには、現実では選挙で落とすしかない。選挙で住民が「そういう人たちではダメ」だとして、例えば脱ダムに合う人たちに候補者になってもらって、(その人たちが)議会人になって(公共事業に)反対して(中止を)実現してもらうしかない。そのような意味で、来年の長野県議会に注目したい。それと同じことを、我々は国レベルでも行わなくてはいけない。みなさんの意識を高めてもらって、総論では大きな公共事業はいらないという声が多いわけだから、そのような議論に軍配が挙がるような投票行動を市民がすることが一番重要な話ではないか。それは一言で言えば、地域主権と住民参加をいかに徹底させるかということに尽きると思う。


ポスト公共事業社会への支援をどうするか

五十嵐
 公共事業については、未来を示しながら改革しないと、大きな犠牲が出ると思う。地方でも“ポスト公共事業社会”の設計図を書こうという風潮が出てきた。北海道でも風力発電を市民が作るなど、たくさんの事業が生まれつつある。これらを市民が新しく起こす事業として、“市民事業”と呼んでいるが、実はいろんな制約がある。官僚が行う許認可行政と抵触することがある、立ち上がり資金が足りない、自治体の行政が変わらないので事業の運用が困難である、といったことがたくさん出ている。政権を取るに当たって、こういう各種プロジェクトを援助する、あるいは規制を外すということを具体的に検討できるか。もう一つは、プロジェクトを支援する具体的な措置を政策として発表して、政党も一緒になって、全国で取り組むことができるか。

鳩山 党を挙げて大きなテーマとして取り上げたい。公共事業すべてが悪いのではなくて、新しい姿の公共事業がありうる。権限も財源もすべて中央が握り締めてきたいままでの公共事業のやり方が、環境を破壊し、財政を破綻させ、政治腐敗まで招いてしまった。だとすれば、ここをひっくり返さないと、この国はよみがえらない。公共事業による環境破壊を深刻にとらえるならば、自然を本気で再生させるための森林事業や海岸のテトラポッドをなくすといったことをいかにして行うべきか。それこそ国民の未来への責任という思いで事業を進めなければならない。それに対する抵抗勢力や規制、許認可事業などをなくすといったことを行いながら、市民の手による本気の地方分権や、必要に応じた規制緩和を行うことが大切だ。また、立ち上がり資金だけではなく、地方に大きな財源を与え、自分たちの創意工夫で地域を変えることができる仕組みを作る。それによって、真の“地域主権国家”作りを行って、いままでのような補助金を止め、事業ができるような(財源確保の)仕組みを作ることが重要だ。

横路 日本をこれからどういう社会にしていくのかがベースになる。福祉社会、環境循環型社会、情報社会に向かって行かなければならない。福祉社会では、人々が生活する安心の基盤をどう作るのか。例えば介護の基盤、医療の基盤などがある。環境循環型社会では、自然エネルギーの推進やリサイクルをどうするのか。技術開発と同時に、そこに仕事が生まれてくる。公共事業は交通や社会生活のインフラだったが、道路やダムだけではなく、さらにこれから福祉や環境社会の基盤を作る公共事業という考え方の変更が必要だ。市民の事業については、市民バンクで地域の事業へのバックアップを市民自ら行うということが進んできた。規制緩和や障害は取り除かなければいけないが、同時に国が何でもバックアップする仕組みでいいのか。自治体を中心にして地域の中で新しい事業を起こすときに、市民バンクに応募して起こしたものには、潰れたところがないと聞いている。そういうものへの支援にはどういう仕方があるのかと思う。行政としてもできることもある。話は飛躍するが、商店街の空き店舗を埋める工夫には、多くの市民が参加している。そういうところから変えて行きたい。

野田 市民のプロジェクトに役所が抵抗したり規制で足かせをはめるということを、技術的に細かく詰めることよりも、なぜ国がその事業に関与したり自分たちでやらなければいけないのかという、根拠法の見直しから始めるべきだ。根拠法があるから規制があると思っている。道路や空港整備の緊急措置法とか、各種公共事業の根拠法の見直しをやる。公共事業の長期計画の達成度、緊急性やナショナルミニマムの達成度などの総合的な判断の中から、根拠法の見直し、長期計画や特別会計の整理などの根本治療をしないで細かな規制の話をしても意味がないのではないか。根拠法の見直し、長期計画を整理してあれかこれかと選べるようにすること、特別会計のチェックをして道路特定財源などの入り口の財布の紐をどうするのかという問題、あるいはその先の特殊法人が公共事業を実質的にやっていることなど、トータルな面で、なぜ国が公共事業を依然としてやり続けているのかということを、根本的に見つめなおすことが、市民が何かをするときの規制を止めていく処方箋だと思う。

 20年ほど前にアメリカで風力発電を見てきた。そこでは電力を電池に貯めずに電灯線に流しており、帰ってから日本でもできないのかと聞いたら、電気事業法があってできない。なぜできないのかと聞いたら、電気の質の悪いなどいろいろ言われた。いまでは大分変わってある程度できるがまだ難しい。高ジェネレーション(注:廃熱を利用した発電・加温)を10年くらい前に見てきたが、都市ガスを使って高い熱で発電をして、低い熱で冷暖房をするというようなことが、もっとやれればいいんじゃないかと言うと、これも電気事業法などで難しかった。少しずつ変わりつつあるが、まずはそういう具体的なところから変えていくことが重要だ。もう一つ、市民事業にはいろいろな側面があるが、100万円の税金を払うとき、そのうち20万円は自分が好ましいと思うNPOや、大学、研究所、いろんな事業に寄与して、それで税金を払ったのと同じ形をとる。いまの税金は全部役所から議会を通して流れ、下手をすると終わりの方でピンハネされているわけだから、そういう意味では(役所や議会に任せずに市民が)直接やる。その中には横路さんの言っていた融資も含め、市民の創意工夫が活きていくきっかけになってくるのではないか。


小泉公共事業改革をどう評価するか

五十嵐 小泉さんも公共事業については、一応前向きに取り組んでいると思う。小泉公共事業改革についてどう思うか。もし問題があるならば、自分はこうすれば変えられるということを説明してほしい。

 (小泉改革は)前向きとは思わない。まずやれることをやらないのが小泉さんで、やれないことをやれそうに言うのが小泉さんだ。何度も「まずは諫早湾を止めたらどうか」と言ったら、「地元の意見を聞く」と言う。地元の意見を聞けば、地元県連はカネをもらってるわけだから(止めることはできない)。「川辺川を止めたらどうか」と言えば、「地元の意見を聞く」。だから、まずできることをやらないで、もっと大きなことをやると言っている小泉さんを、私は信用しない。

野田 景気のいいのは言葉だけで、実態は残念ながらいつも小泉さんの改革は現在進行形で留まっていて、改革が出来るかもしれないという幻想を言っているだけだ。例えば公共事業の関連で様々な特殊法人が関わっている。道路公団の問題が出たが、上下一体の民営化か上下分離の民営化かなどは、昨年の閣議決定で決めればよかったわけで、あえて第三者に任せるのは周り道だと思う。加えて、水資源開発公団とかダムに関わる事業についても廃止民営化ではなく、独立行政法人みたいな形で残すやり方だ。特殊法人改革ひとつ取ってみても中途半端で遅すぎる。

横路 橋本内閣から小泉内閣に至るまで、地方分権が大きなテーマだった。その中で公共事業では、直轄事業はできるだけ減らして、補助事業の個別事業指定はやめて、できるだけ一括で交付していく制度にしようという方向だったのに、まったくそうなっていない。いま一番面倒なのは、都道府県が国から補助金をもらって道路を造ろうとしたら、平面図、横断図、縦断図といった図面を持って行って、道路構造例に合っているかどうかチェックを受けなければいけない。本当に無駄なことだ。いまは道路を造るくらいの能力なんてどこにでもある。補助金をやめて一括交付金にすれば、多分3〜4割はいきなりカットできる。市町村、都道府県ごとの5年くらいの実績に6掛けくらいで、一括交付金でやりなさいと言えば、地方の自治体はやれると思う。本当はそういう改革をしなければいけないのに、何も手がついていないのが現状だ。

鳩山 我々がかねてから主張してきた「公共事業を削減せよ」という主張を、相当厳しく言ったおかげで、公共事業が削減の方向になってきたということだけは評価をすべきだ。だが、その質の部分に関しては3人の話にあったうように、全然十分ではない。やはり中央集権的な発想から離れていないのが根本的な大きなミスだ。横路さんの言うような地域主権の方向に大転換させていく発想の中で公共事業をとらえなおす。それによって、はるかに質も高めることができ、住民の意思に従う公共事業にすることができる。

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