国会に複数の憲法改正案を出すことは可能か

会場より
 憲法改正の際に複数の憲法案が出すことができるということは、憲法に規定されているのか。

五十嵐 憲法にはそのような規定はないが、国会へ提出が予定されている憲法改正の国民投票法案では、衆院で100名以上、参院で50名以上の議員の賛成が得られれば、議員は国会に憲法改正案を出せるとしています。つまり、衆院なら4案の提出が可能で、参院でも同様に複数の案を出すことが可能ということになります。
 具体的には、いくつかの条文の改正案がワンセットで出るかもしれないし、シングル・イシューとしてたとえば9条に限った改正案が出てくるかもしれない。ワンセットでしか出せないのではないかとは思います。
 従来の感覚では、この国民投票法案そのものを論じること自体が、改憲論に巻き込まれるとして、これを論じるべきではないとする考え方があります。また、仮に論じるとしても、改正案を提出するために100名とか50名の議員の賛成が必要であるという要件が、いいのかどうかという問題もあります。
 私は、国民投票法案そのものは論じるべきだと考えますが、100名や50名の賛成が必要であるという要件には反対です。100名の議員を集めるというのは、自民党や民主党などの大政党をハイジャックするしか、改正案を提出する手段がないということになります。社会党や共産党ではこの人数に達しません。これほど高いバリケードが、国民主権という考え方から、本当に求められているのでしょうか。
 せめて議員立法並みの要件(議員が国会に独自の法案を出すときには、予算を含む法律なら衆院では50名、参院では20名の議員の賛成を必要とする)にバリケードを下げてくれれば、市民でなんとか集めることができるのはないでしょうか。逆に100名や50名では、大政党とべったりくっつかないと出せないので、市民独自の憲法改正案などは国会に出せないでしょう。改正案を国会に出すためにどういう方法がいいのかは、まだ混沌としています。



公共事業が止まらないのは議会制度の問題ではないのではないか

田岡 国民が望まない公共事業が進み、日本が土建国家になったのは、議会制度のせいではなくて、日本の特殊性から来るものです。経済成長で増えた予算を無理やり使えということでやってしまった。責任は検察当局にあります。談合罪の適用をやたらと絞って、不当な利益を得たことを証明しないと罪にならないということにして、談合罪を適用しないようにしてしまった。業者はプロジェクトさえ作れば必ずもうかるから議員にカネを出す。地方自治体では、議会は建設業者の代表が占める。これは日本の特殊性であって、議会制度のせいではない。最近は検察が偽計業務妨害罪の適用を総動員してやりはじめ、それだけでもかなり変わりました。初めからそうしていれば政府や自治体の巨額債務もなかったわけです。財政赤字は検察の怠慢の結果であって、議会政治を潰すというのは無理な話ではないでしょうか。

五十嵐 たとえば、原発やダムが必要かどうかを住民投票にかけてはいけないでしょうか。不正をどうただすかということだけではなくて、重要な政策で意見が分かれるときに住民投票で決し、(議会や行政の意思を)拘束していいかどうかということが問題なのです。外国では税金の問題を含めてたくさんやっています。日本国憲法や地方自治法の下ではできないということがいいのかどうかということを聞いているのです。不正があって議会が悪いということではないのです。

田岡 “不正があるから”ではなくて“もうかるから”こそ議会も首長も必死になるのです。もうからなければ彼らはむしろ住民の意見を聞きます。住民の声を無視して無理やり作るのは、そうしないとカネが入らないからです。ならば妥当な入札をさせてカネが入らないようにすればいいのです。ところが談合は法律で禁止されているのに取り締まってこなくて、現状のようになってしまった。これが私の認識です。

五十嵐 こういうことを論憲といって、どんどんやってみようということです。

会場より 朝日の佐伯さんが本で述べているように、改憲ということを簡単に言わずに、永田町政治が変わればいいのではないかと考えています。なので田岡さんの意見に共感を覚えます。



50年先を見すえた改正案を作ることは可能か

会場より 憲法を制定する際の国民の範囲とはどこまでを含むのか。

中村 憲法が(権利を保障する対象として)カバーする範囲ということであれば、生まれる間の胎児から、死ぬ直前の人まで含むでしょう。憲法を決定する資格を持っている人ということであれば、18歳なり20歳なりといった判断力を持つ人に制限せざるを得ないでしょう。

会場より 自分が生まれる前に決められた憲法に、何年従わなければいけないのか。自分が関与していないことに、いつまでコントロールされなければいけないのか。権利には、いまの憲法ができたときに想定されていなかったような、多様性がでてきている。環境権で言えば、隣に高層ビルができて陽当たりが悪くなったという環境問題のほかに、オゾンホールのように全世界に何百年も影響する環境問題が出てきた。憲法が何十年という恒久性を持つならば、今後発生するであろう新しい権利については、どうカバーすればよいのか。

中村 私は、“環境権”という言い方をしていません。環境については、生活環境のような狭い問題なら(従来のように)請求権で解決できます。隣の住人の騒音がうるさいなどという場合は、その相手に直接請求をするのではなく、国家や自治体に権利の擁護を請求して、国家や自治体が相手を罰するという関係が成り立ちます。
 しかし、いまの私たちはこのような“(従来の)環境権”を大きく超えた問題を抱えています。生活環境ではなく“地球環境”を守るべき(権利ではなくて)“義務”があるという書き方をすべきなのか、あるいは「社会の一員として地球環境を守るために、私たちの自由権は制限される」などと規定する書き方をすべきなのか。後者のような考え方はここ5,6年の間で大きくクローズアップされています。しかし、私たちの自由権を制限する根拠が、憲法のどこにあるのでしょうか。環境権を規定については、このような問題に答え、義務なり権利の制限といったものを定めなくてはならないでしょう。
 憲法を作ることで新しい秩序や価値を創造するならば、これから出てくる新しい権利をどうカバーするかが大きな問題となるでしょう。

田岡 しかし、50年先を見通して法律を作るのは無理ではないでしょうか。

中村 それでも作って、つねに見直していく姿勢が必要でしょう。

田岡 それならば毎年憲法を改正しなくていけなくなるのでは。法律は現在の常識の集大成だから、憲法もその範囲でしか作れないでしょう。

中村 50年先でも通用するという確信で作りながら、明日生まれて来る人を拘束してしまうというのは、法規の宿命ではないでしょうか。

田岡 五十嵐先生は本の中で、都市は戦争が不可能になるだろうと書いている。なぜかというと国家の枠が崩壊し、グローバル化が進んでいるからです。中国と台湾でも、中国にとって台湾は一番の投資国で、戦争は損をするからしたくない。第1次大戦では、ドイツとイギリスがお互い最大の貿易相手であるにも関わらず戦争になりました。ただ、いまは資本主義が国家の枠を越えて海外に投資を行うことで、無政府状態になってしまったので、戦争で領土を争う可能性は低くなっています。国家自体が50年先にあるのかないのかもわからないのに憲法を論じても仕方がないと言うこともできるでしょう。

中村 国境を越えた資本の動きがあるから、他国を権力で占領する意味はなく、そのコストを考えてももう起こらないでしょう。

田岡 「万国の労働者よ団結せよ」という時代は過去のもので、いまでは資本家がインターナショナルをうたい、労働者が職を守るためにナショナリズムを訴える状況になっています。資本家も銀行も外国へ投資をしたり、預金者も海外の銀行を選んだりしています。もともと国家は農業の発達を基盤にできたものですから、(経済上の位置づけとして)農業の価値が下がれば国家という単位もなくなっていくでしょう。



日米安保条約は継続すべきか

会場より 冷戦終了後も日米安保条約は継続すべきでしょうか。

田岡 ソ連の脅威がなくなり、防衛力が必要なのかいう問題と関連してきます。
 グローバル化が国境を突き破り、戦争ができなくなるという認識ではありますが、まだどうなるかわかりません。軍隊は急に作れないので、タネ火として残しておかなければいけません。
 日米同盟について言いますと、そもそも同盟とは、共通の敵がいれば結託し、利害の対立があれば別れるものです。同盟や外国の善意を信頼するというのは、国際政治ではあり得ない話です。ソ連の崩壊で共通の敵はいなくなったので、同盟の意味はなくなってきました。しかし、アメリカは世界の支配者としての地位を築いています。そのアメリカとの同盟を離れるということはせず、アメリカからの攻撃を防ぐという意味で、政治条約的に残すしかないのではないでしょうか。



立法をしない議員こそ改革の対象

会場より 阪神や三宅の被災者救済の審議でも議員は真剣に議論をせず、何も勉強をしない。議員は立法をしないという事実と、これを改革すれば日本は変わるんだということを広く知ってもらいたい。



だれが将来の世代を拘束する権力を持つのか

会場より 国家の姿が変わってきた中で憲法を作るのであれば、何十年と続く新しい価値を作らねばならない。価値が変わってくる中で、人々を拘束し憲法を運用する権利を、だれが持っているのか。そのような議論が欠けているのではないか。

田岡 今の憲法でも、9条はすぐに無視されてしまいました。現実には憲法に拘束されていないのです。それなのに憲法とは必要なのでしょうか。その都度必要な法律を立法すれば柔軟でいいのかもしれません。無視されうる憲法に意味はあるのでしょうか。

会場より いまの自分にとっていいものが先の世代にとっていらないものがあります。道路で言えば、過去の世代が作った道は、先の世代の人たちに恩恵だけではなく負担も与えます。そうやって先の世代を拘束する権力というのはどこにあるのでしょうか。

中村 権力とは強制力だということです。

会場より その源泉はどこにあるのか。

五十嵐 法律学で言えば、国民がすべての権力を持っています。国民には憲法すら変えてもいいという革命権があります。その革命権を行使しない限り作られた法律に永久に拘束されます。いつでも変えることができる、ただし変えなければ拘束される。法律とはそういうものです。



まず憲法に合わない現状を改めるべきではないか

会場より 9条の例にもあるように、理想的な条文を作ってもそれを運用する人が違う方向に持っていってしまう。それが問題なのではないか。

五十嵐 護憲と論憲の違いはそこにあります。護憲の考えは、憲法は正しくて運用が間違っているとします。運用を正しくすれば、悪いところは直せるという考え方です。論憲は、それをどうやって直せばいいのかを考えます。現行憲法では、最終的には選挙でしか直りません。法案の成否を最終的に判断するのは国会議員しかいないから、選挙をずっと続けていればいつか直ると考える。それしかないのです。しかしそのやり方でいいのかどうか。私たちはそこで、重要な政策は国民投票で直接決めようと提案をしています。
 国会で、400対何十かの多数決で悪い方向で改憲されるようとしているときに、選挙を続けていれば、それを止めることができるでしょうか。単に憲法を守るというのではなく、まさに論じる必要があるのではないでしょうか。



工業化で国家はどう変わるのか

中村 私たちは、議会とは多様な利益の代表が集まって、議論をして、利害を調整して、最終的な決定をするということを、理想として考えてきました。参議院は良識の府といいながら、全国区の選挙で職域代表が集まった。職域代表とは、利害を意識しながら議会活動をする、つまり利権を意識する集団です。民主主義の予定調和的にうまくいくと考えてきました。しかし、実際は利益の寡占体制、もたれあいになってきた。組織を持っている人たちの談合体質となってしまった。ほかの国でも同様です。このような議会制民主主義は、政党政治も含めて工業化に対応したシステムです。もしポスト工業化社会を展望するなら、そこで民意を反映するシステムを作るためには、相当な苦労が必要なのかもしれません。

田岡 工業化というよりは農業地帯を反映した政権だったのではないでしょうか。第1次大戦でも、経済学者が英独で戦争をしたら大損をすると言っていたのに起こってしまったのは、議員の大半を占める地主たちが、土地を奪うことが大事だと思っていたからです。
 資本主義では、領土などはどうでもよく、資本と技術と証券のようなものがあればいいわけです。(国家の三大要素といわれる)領土・国民・主権などというものは、いかにも農業的発想です。資本主義が成熟すれば、国家というものの意味がなくなり、戦争や軍隊もなくなるのではないでしょうか。



憲法を論じ合う意味とは

会場より 憲法はいらないのではないかという議論があった。確かに、9条を無視してきたことで、憲法の権威、信頼はないと思う。ただ、明治憲法と現行憲法を比べれば、どのような憲法の下にどのような社会ができるのかということは、歴然として違う。憲法も法律も書いてあるだけでは絵に描いた餅だが、それに向かってさまざまな努力があって、それが実社会になっていくのも事実だ。
 憲法とは原理、あるいは国の形を定めたものであり、それを変える権利も保障されている。だから大いに論じ合うべきで、今日の論点である直接民主主義についても、「国会は唯一で最高の立法機関」といういまの憲法の規定を変えないと、住民投票をしても拘束力を持たない。だからこの条項を見直しさなければいけないのではないかというのが、今日の問題提起だったのではないか。
 民主主義とは、人の話を聞いて知らなかったことを、自分の頭の中で組み替えて、また論じ合い、決していくものだと思う。絶対変わらないというのであれば議論する意味も価値もない。だからこの勉強会も、先生やゲストの話を聞き、本も読み、大いに論じ合って、考えて、変わっていくという姿勢が欲しい。


1 開講のあいさつ 五百蔵洋一(弁護士)
2 基調講演 五十嵐敬喜(法政大学教授)「直接民主主義の設計」
3 田岡俊次(朝日新聞編集委員)「有事法制の問題点について」
4 中村啓三(毎日新聞論説主幹)「憲法をどう考えるか」